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札幌高等裁判所 昭和37年(ネ)245号 判決

第一審原告(二四五号事件被控訴人二四七号事件控訴人)

平取町

右代表者・町長

庄野巌

代理人

斎藤忠雄

ほか二名

第一審被告(二四五号事件控訴人二四七号事件被控訴人)

安田忠雄

主文

一審原告の控訴を棄却する。

原判決を次のとおり変更する。

一審原告の請求を棄却する。

一審原告は一審被告に対し金二八万七六六八円およびこれに対する昭和三〇年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

一審被告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも本訴反訴を通じて三分し、その二を一審原告、その一を一審被告の各負担とする。

事実

昭和三七年(ネ)第二四七号事件につき、一審原告訴訟代理人は「原判決中一審原告敗訴の部分を取り消す。一審被告は一審原告に対し金一三八万四九三四円およびうち金一三八万四九二〇円に対する昭和三〇年八月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決を求め、一審被告は控訴棄却の判決を求めた。

昭和三七年(ネ)第二四五号事件につき、一審被告は「原判決中一審被告敗訴の部分を取り消す。一審原告の請求を棄却する。一審原告一審被告に対し金一五〇万三七五〇円およびこれに対する昭和三〇年九月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は本訴反訴を通じ、第一、二審とも一審原告の負担とする。」との判決を求め、一審原告訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係<省略>

理由

昭和二九年一一月三日一審原告と一審被告との間で前者を売主、後者を買主として一審原告主張のとおり特定物たる一般用材シナほか一七種一三三八本、七三一二石〇六升につき代金四二〇万円、代金支払方法は昭和二九年一一月一八日限り金一四一万円、同年一二月二〇日限り金一四一万円、昭和三〇年一月三一日限り金一三八万円、代金遅滞の場合の損害金は各支払期日の翌日から日歩五銭として売買契約が締結されたこと、その頃右目的物の引渡しがなされたこと、一審原告主張のとおり一審被告が昭和三〇年七月二五日までに代金合計二四二万七〇〇〇円を支払つたことは、いずれも当事者間に争いがない。

一審被告は右売買契約は一般用材たる立木についてなされたものであるのに、目的物件中約三分の一にあたる立木(石数二六七九石)は腐蝕木であり一審原告の債務はいまだ履行されていないこととなるから一審被告には代金債務の不履行はなく、また売買の目的物に隠れたる瑕疵があつたため、一審原告に対し損害賠償請求権を有すると主張するのに対し、一審原告は右売買は特定物の売買であり一般用材という呼称を用いたけれども、一般用材としての材質を担保したものではないから、腐蝕木があたとしても目的物に瑕疵があつたことにはならないし、また右契約において一審原告は瑕疵担保責任を免れる旨の特約があつたと主張する。

しかして一審被告が昭和二九年一二月上旬立木伐採に着手し、昭和三〇年二月末日頃全部伐採完了したことは当事者間に争いがなく、<証拠>総合すると、右伐採の結果は一審被告の主張するとおり一般用材(検査合格品)出石数三二四三石〇五升、腐蝕木出石数一八七五石四あつて右立木中には約三分の一の腐蝕木が混入していたこと、一審被告は伐採の途中昭和三〇年一月上旬頃に右のような割合で立木中に腐蝕木が混入していることを発見したこと、をそれぞれ認めることができる。

しかしながら右売買は特定物についてなされたものであることは冒頭説示のとおりであり、その引渡しがなされた以上、売主たる一審原告に債務不履行ありとすることはできない。そこで一審原告の瑕疵担保責任の有無について考察する。前掲当事者間に争いのない事実に、<証拠>を総合すると次の事実を認めることができる。

(一)  一審原告平取町(以下本項においては単に平取町という。)は一般会計歳入の財源にあてるためと森林経営の面から町有山林立木の売却を毎年一、二回の割合で行なつてきたが、昭和二九年度においてもこれを実施することとし、平取町殖産課においてその事務を担当した。まず同町大字貫気別村字ホロマツプ山林を数個の伐区に分け、同課所属技手本間武が各伐区内の払下立木の毎木調査をなし、伐採すべき立木には刻印を付して特定したうえ、一般用材としての立木の石数を算定して各伐区毎木明細表を作成した。

(二)  毎木調査は、個々の立木について番号を付し、胸高直径および樹高を測り、野帳と称する規格用紙に、その番号の順に、個々の立木の樹種および石数(立木石数であつて素材石数ではない。)を算定記入することによつて行なうが、一部腐蝕の立木でも一般用材として使用し得る部分のあるものについては腐蝕部分を除き(例えば根上何尺と備考欄に記入し腐蝕部分を明示する。)石数を算定記入する。一般用材とは昭和二八年農林省告示第七六九号により、「銘木類、廃材(腐れ又はその他の欠点により利用し得ない部分が材積の一〇〇分の七〇以上を占める木材)、屑材その他特殊のもの」以外の、建築その他一般(通常は枕木以上)の用に供される木材を指称し、本件売買においてもその意味であることは当事者間に諒解されていた。

(三)  しかして本間武の作成した第一号伐区明細表には本件売買の対象となつた樹種シナほか一七種一三三八本、七三一二石〇六升が掲げられ、その売却価格は平取町財産委員会(町有林などの町有財産の管理、処分等の事務を担当する機関で、当時の委員長は互野伝之丞)が町長の諮問により一般用材としての合理的価格を算定してなした答申に基づき、同町長の決裁により四二〇万円と定められた。かくして同年九月頃他の伐区とともに売却のための入札が行なわれたが、一号伐区については入札価格が右売却価格に達しなかつたので、再入札を行なうべきところ、平取町では同年一〇月一審被告を含む若干の業者に個々に見積書を提出せしめ、随意契約により売却を行なうこととし、一審被告は平取町から示された前掲の明細表および野帳を閲覧し、一応現地をも見分したうえで、一般用材として右明細表に記載された石数の立木が存在するものとしてこれを平取町の定めた売却価格で買い受けることとし、冒頭掲記の売買契約を締結するに至つた。

右認定によれば本件売買は一般用材としての特定物たる立木について行なわれたものであるというべく、その伐採の結果約三分の一の腐蝕木が混入していたのであるから売買の目的物に隠れたる瑕疵があつた場合に該当するというべきである。一審原告は右売買につき一般用材としての材質を担保したものではないと主張するが、右は数量を指示して売買した場合に当らないとしても両当事者において腐蝕木でない一般用材を売買の対象としたものであることは右認定のとおりであるから右主張は採用できない。もとより大量の立木の売買にあつては当初の見込数と実際の出石数との間に若干の増減のあり得ることは当然であろうし、予期しない腐蝕木の混入も或る程度避けられないであろうから(本件売買契約についても当然そのことが予定されていたことは<証拠>によつて認めることができる。)、一般の社会通念と当該取引の趣旨において許容されるべき限度内のものについて隠れたる瑕疵を主張することは許されないというべきであるが、一般用材としての特定物たる立木の売買につき全体の三分の一の腐蝕木が混入してしたことは右の趣旨において許容される限度を超えたものというべきである。

一審原告は右売買契約において瑕疵担保責任を免れる旨の特約があつたと主張する。前記甲第一号証(立木売買契約書)の第二条には「伐採に当り本契約書の樹種、本数、石数につき増減を生ずるも異議なきものとす。」とあり、第四条には「本契約締結後売買立木について発生する損害について買受人は減価その他一切の異議を申立てざるものとする。」とあるが、前段認定の事実関係のもとにおいて右条項の趣旨は、見込数と出石数の若干の相異の場合および天災、盗難等の場合の危険負担の定めをなしたものと解するのを相当とし、<原審証人ら各証言>中この点に関する一審原告の主張に副う部分は同証人等の意見もしくは見解であつて直ちに採用することができず、他に右のような特約の存在を認めるに足りる証拠は存在しない。

しかし<証拠>を総合すると、一審被告は昭和三〇年一月上旬頃平取町役場において平取町長平佐武美、同町財産委員長互野伝之丞に面接し、前記のとおり本件売買の目的物たる立木の三分の一が腐蝕していた事実を告げ損害の賠償もしくは他の山林立木の売却方を申し入れ、町長においても考慮を約したことを認めることができる。よつて一審原告は一審被告に対し売主の瑕疵担保責任により損害賠償の義務を負うものといわなければならない。

一方一審原告が昭和三〇年八月二日、一審被告に対し内容証明郵便で売買代金残額金一五二万三〇〇〇円(前記支払ずみ代金二四二万七〇〇〇円のほか一審原告が残木処分によつて得た金二五万円を代金の内入として充当計算した残額)および代金の各支払期日の翌日から昭和三〇年七月三一日までの日歩五銭の割合による約定損害金二〇万五三四六円、合計金一七二万八三四六円を右書面到達の日から七日以内に支払うよう催告するとともに、右期間内に完済しないときは売買契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は同月四日一審被告に到達したが、一審被告が右期間内に支払をしなかつたことは当事者間に争いがない。

一審被告は前記のとおり一審原告が瑕疵担保責任による損害賠償の請求を受けながらその履行もせず、契約を解除することは信義則上許されないと主張するが、瑕疵担保責任を追及されている売主といえども買主において代金減額請求権を行使し得ない以上代金請求権を失うものではなく、その履行遅滞による契約解除権を失うものではないから、本件売買契約は昭和三〇年八月一一日の経過とともに解除されたものというべく、当事者双方は互いに原状回復の義務を負うこととなる。すなわち一審原告はその受領した売買代金合計金二四二万七〇〇〇円、一審被告は売買の目的たる立木をすべて伐採処分した以上(このことは本件口頭弁論の全趣旨により明らかである。)、契約解除のときにおける目的物の価額を、それぞれ相手方に返還すべき義務がある。

しかして本件売買契約成立に際し一審被告は契約保証金四二万円を一審原告に交付したことは当事者間に争いがなく、前記甲第一号証第三条には「契約保証金は(中略)買受代金完納し本契約の事項を完済したるとき返付するものとす。」、第五条には「買受人買受金額の納入期日を経過しても納入を完了しない場合は売払人は本契約を無効とすることが出来る。この場合買受人は何等異議を申立てることができない。又契約保証金は町の所得とする。」とされており、一審被告の代金支払債務の不履行により契約が解除された以上、右保証金は一審原告において没取し得るかのように見える。しかしながら前段認定の事実関係のもとにおいては右契約条項は売主において瑕疵のない完全なものを給付したにも拘らず、買主が代金支払債務の履行を怠つたときに限り適用されるものと解すべく、売主において瑕疵担保責任を負うべき場合にはその瑕疵の程度が僅少である等特段の事情のない限り、右売買契約が解除され、双方が相手方に対し原状回復の義務を負うべき場合、売主から買主に返還すべきものといわなければならない。

一審被告は売買の目的物に隠れた瑕疵のあつたことによる損害額につき、転売による得べかりし利益一七九万六二五〇円および販売先違約金五六万円(一審被告において本件物件を瑕疵のないものと信じて神戸資材株式会社、稗田龍太および宮脇得実にそれぞれ売り渡す契約を締結していたところ、前記瑕疵のため右一部につき履行不能となつたため、これら買主等に支払わなければならなくなつた違約損害金神戸資材株式会社につき金三五万円、稗田龍太につき金一一万円、宮脇得実につき金一〇万円)、計金二三五万六二五〇円から腐蝕材を薪材に処分して得た利益金六万七〇〇〇円を差引き合計金二二八万九二五〇円と主張する。しかしながら売主の担保責任は、売買の目的物に原始的な瑕疵があつて売買が少なくとも一部無効となり得るような場合の責任であるから損害賠償の範囲は瑕疵のないものについて売買契約が完全に成立したと信頼したことによる損害に限ると解するのが相当であつて、右転売による得べかりし利益一七九万六二五〇円は、これを請求することはできないものといわなければならない。従つて右にいわゆる販売先違約金の主張につき考察するに<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち一審被告は本件木材を転売するため、

(一)  昭和二九年一一月一〇日および同月二二日の二回に神戸資材株式会社に対し一般用材(素材)計三四五〇石を、引渡期限は昭和三〇年一月末日として売り渡す旨の契約をしたところ、前記瑕疵のため二五一八石を引き渡したのみで九三二石は引渡不能となり、昭和三〇年五月三一日同会社から債務不履行の場合の約定による損害賠償として金三五万円の支払を請求され前渡代金(過払分)返還債務金一九〇万円位とともに、その支払のため一審被告所有の家屋(小樽市所在)の所有権を同会社に移転し、一応の精算を得た。

(二)  昭和二九年一二月二二日稗田龍太に対し一般用材(素材)計七〇〇石を、引渡期限は昭和三〇年二月末日として売り渡す旨の契約をしたところ、前記瑕疵のため約二〇〇石を引き渡したのみで、その余は履行不能となり、前渡代金(約束手形)は別途に精算したうえ、右不履行により稗田の蒙つた損害約六〇万円のうち金一一万円を昭和三一年七月二五日支払つて示談した。

(三)  昭和二九年一二月一〇日頃宮脇得実に対し一般用材(素材)計約六〇〇石を、引渡期限は昭和三〇年三月末頃として売り渡す旨の契約をしたところ、前記瑕疵のため約三〇〇石を引き渡したのみで、その余は履行不能となつたので、右不履行により宮脇の蒙つた損害約一二、三万円のうち金一〇万円を右履行ずみ木材代金から差し引くこととして昭和三一年三月一〇日示談した。

以上、一審被告が各転売先に支払つた損害賠償額は、結局同人が一審原告との本件売買において、瑕疵のないものにつき売買契約が完全に成立したと信頼したことによる損害というべきである(一審被告の支払つた各損害賠償額は右認定の事実関係のもとにおいては不当のものではない)。従つて右合計金五六万円から一審被告主張の、腐蝕材を薪材に処分して得た利益金六万七〇〇〇円を差引いた残額金四九万三〇〇〇円を一審原告は一審被告に賠償すべき責任がある。

次に不法行為による損害賠償として一審原告に対し金五〇万円の支払請求権ありとする一審被告の主張ならびにこれに対する抗弁および再抗弁についての当裁判所の判断は原判決理由第一、四、相殺の抗弁(一)原告の不法行為の成否(原判決三八頁九行目から四一頁四行目まで)に記載するところと同一であるから、ここにこれを引用する。なお成立に争いのない乙第二一号証によれば、一審被告の主張する薪四五敷についても一審原告において処分の決定をしたことが窺われるが、前掲乙第一〇号証によれば、右薪の処分は見合わせられたことを認めることができ、他に右薪が擅に処分されたことを認めるに足りも証拠はない。すなわち一審被告の主張する不法行為による損害賠償請求債権は認めることができず、これを前提とする相殺の抗弁および反訴請求は理由がない。

そこで契約解除による原状回復義務として一審被告が一審原告に返還すべき目的物件の価格について考察するに、この点に関する当裁判所の判断は原判決理由第一、三、契約の解除による被告の原状回復その他の義務七行目以下一四行目まで(原判決三二頁七行目から三三頁九行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。すなわち目的物件の価格は二八一万五〇八〇円であるから、一審被告はこれを一審原告に支払うべきであるとともに、一審原告は受領ずみ代金二六七万七〇〇〇円を一審被告に返還しなければならない。そこでそれぞれ右金額を一審原告主張のとおり差引計算した場合、当事者双方の原状回復義務としては、一審被告から一審原告に金一三万八〇八〇円を支払うべきであるところ、一審被告が一審原告に支払つた契約保証金四二万円は契約解除とともに一審被告に返還されるべきものであることは前段説示のとおりであるが、一審被告は昭和三八年四月二三日の本訴口頭弁論期日において右の返還請求債権と一審原告の原状回復請求債権とを対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、一審原告の主張する原状回復請求債権はこれによりすべて消滅したことになる。

右のほか一審原告は一審被告に対し民法第五四五条第三項の規定に基ついて各代金支払期日の翌日から昭和三〇年七月三一日まで日歩五銭の割合による約定損害金の支払を求めており、当裁判所はその主張が金二〇万五三三二円の限度で正当であると認めるものであるが、その理由は原判決理由第一、三、契約の解除による被告の原状回復その他の義務(二)(原判決三四頁五行目から三八頁八行目まで)に記載するところと同一であるから、ここにこれを引用する。

然るところ前段説示のとおり一審被告は一審原告に対し、瑕疵担保として金四九万三〇〇〇円の損害賠償請求債権を有するところ、一審被告は昭和三四年一月二〇日の原審準備手続期日において右債権と一審原告の本訴請求債権とを対当額において相殺する旨の意思表示をしたから、一審原告の右約定損害金請求債権は相殺により消滅したものといわなければならない。

従つて一審原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却すべく、一審被告の反訴請求(瑕疵担保および不法行為による各損害賠償請求)は瑕疵担保責任による損害賠償債権金四九万三〇〇〇円のうち前記相殺に供した部分を除くその余の金二八万七六六八円およびこれに対し成立に争いのない乙第四号証によつて認め得る請求の日の翌日である昭和三〇年九月二八日から支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却すべきである。

よつて一審原告の本件控訴は理由がないから棄却すべく、一審被告の本件控訴は前記の限度において理由があるから原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官和田邦康 裁判官田中恒朗 藤原康志)

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